夢だけど夢じゃない夜の波

 12月に例えようのない深みを感じる。1年の最後の月だからなのか、冬だからなのか、夜更けが長いからなのか。ふとした一瞬にじんとする波のようなあたたかさも、何もかもが深々としていて、心地好い。
 暇じゃないけど、忙しいのでもない。でも時間が足りない。やりたいことが多くて、それが頭の中ばかり駆け巡ってくから、日常がそのスピードに追いつかない、ただそれだけ。喉元過ぎても、熱さは忘れずにいたい。師走。
 少しだけさかのぼり、1ヶ月のあいだに何度か足を運んだライブの事をさらりと振り返る。まずは先月、11月5日はカジノで、LITE、ルーバーロウ、マイクワット+ミッシングメン。なんだか現実味がないけれど確かな現実であった。歴史的な夜。まさか、旭川でルーバーロウとマイクワットを観れる日が来るなんて夢のようで。ヘッドフォン越しにいるひとたちが、目の前に、すぐそこにいた。それは紛れもなく、家から歩いて何十分ともかからないライブハウスで起きた現実。たとえ夢のまた夢であろうとも、生きてれば、ヘッドフォンだって越えてしまう。いつか、ふと目の前にいることだって、ある。
 あるんだよ、ねえ。
 あの頃の私には、きっと思いもしなかったのだろうな。ひたすらに観てしまった、と過去へ訴えたいキモチで一杯だった。感無量なあまり、思わずルーにサイン貰いました。これは自慢です。ルーのサインが入った私のiPodは、自慢の宝物。個人的には2年ぶりに観れたLITEもカッコ良く最高に踊った。ミスコーナーも不思議と久しぶり。活動拠点を半分だけ都へ移したことで、少しだけ視点を変えて観れたように思う。また、この日は久々な友達ともたくさん集っていて、皆と再会できたのも嬉しかった。
 そして、11月27日はカジノで、上海、アルバン、アナザー3バンド合同企画フィルムセッション。三者三様それぞれがそれぞれに素晴らしいライブだった。上海の、日曜日に遊園地でさんざん遊んだあとの帰り道の夕暮れみたいな、高揚感と少しけだるい音の世界が、いつも観る度に素敵だな、と思う。アナザーもいまの勢いをぐっと凝縮した良いライブ。カウパアズの「錆色の月」のカバーもやっていた。ライブが終わった後はそのままバースペースで、出演勢のDJによるアフターパーティ。終始楽しく過ごした。
 それから、12月3日は電気猫でクラウディの企画。この日も3マン。電気猫へ行くのは1年以上ぶりとかなり久々だった。クラウディはこれまでの経験を着実に力に変えている感じがした。2年ぶりの来旭となった京都のnimは、昨年下北沢でも観ているので今回でライブを観たのは3度目。nimの音楽は、場所とか空間を彩ってくような感じがするのです。同じひとつのライブでも、その場で観ている人達がそれぞれが各々の日常という空間や場所をなぞっていくような。人間味があって、とても生身。札幌のライフは、この日が今年〆のライブだったようで。魅せるときはとことん魅せる、楽しむときは観てるひとたちも巻き込んで皆で楽しむ。そういう感じがカッコイイと思った。来年もまた旭川に何度でも観たいし何度でも来て欲しいです。全てのライブが終わり、撤収して宝来で打ち上げ。活動拠点は異なっても、共通の話題もあり、京都のことをまたたくさん知った。楽しいひととき。
 冷たい雨風が打ち付けるなか、不思議なくらいふんわりとやわらかい気持ちになる。ずっと気がかりだったことが、ひとつ解決した。15ヶ月間、意地をはっていたのはお互いさまで。些細でくだらないことが意地に膨らんで、次第に動機さえも忘れて。きっと、お互いがひどくひどく傷ついて。今ようやく、ごめんね、を言いあえたら、そっとあの娘の肩をぎゅうとした。話をしなかった長いあいだ、彼女は間接的に私の事を聞いて気にかけていたのを知った。そして私も同じようにあの娘のことが気になっていた。そっぽ向きながら、頭の中ではお互いのことを思ってたのが判ると、何だか微笑ましく、いじらしく、彼女の若さを考えれば私は胸が痛み、そして笑いあえた。穏やかな気持ちで、傘をさしながら歩いて家に帰った。皆と歩けば、あっという間に時間も忘れられる。とにかく、なんとか2010年に悔いを残すことはなく、非常にスッキリとした心で来年を迎えられそうです。
 どこにも、行かないで。
 どこへだって、行ける。
 どこかへ、行きたくて。
 でもいまは、家に帰ろ。
 深々として、明るい夜空の下。夜の波。
 未来は予想しないことの連続ばかりだから。
 わたしのあした、未来はどうなっちゃうのかな。