ゼロじゃない可能性のイチ

 何もかもがゼロではない可能性のなかで、日々を生きている。
 写真と共に、4月の出来事を大まかになぞります。

  • 4/2 distrojpで東北地方太平洋沖地震被災地のライブハウス、レコード屋、バンド、ディストロへ向け、精神的な支援となるようなフリーペーパー、祈念ジンの制作計画開始。こちらの詳細はdistrojpのブログツイッターに書いた通り。それに伴い皆様からの言葉を募った。ちなみに4月いっぱいが締切と書いていますが現在編集段階で印刷まで少し時間があるためまだ原稿は間に合います。いま、言葉がどれだけの支えになるのか、そこから何が見えるか、判らない。しかし暗中模索でも言葉は光をたぐり寄せる力があるかもしれない。その力を私は信じてみたい。この祈念ジンが、私達distrojpに出来ることであると願って。完成に向けて、がんばります。

  • 4/10 道知事選の投票に行き、そのまま札幌へ向かう。スピリチュアルラウンジで開催された企画は9-10日の2日間ともに素晴らしい面子でしたが、私は仕事の都合もあり10日のみ足を運んだ。少しだけ早めに到着して、先月新しく開通された札幌駅から大通までの地下通路をのんびりと歩くとonちゃんとokちゃんに遭遇したり、またしてもルタオのアマイワナでケーキを食べながら開場までの時間を持て余していると。前日からはるばる東京から札幌まで遊びに来たrookowのカコイジョルジュから、もうスピリチュアル前にいるとの一報があり、開場時間を待たずにスピリチュアルへ。ジョルジュと久々の再会。談笑しているうちに開場し続々と友達と会えた。この日は久しぶりなひと、はじめましてなひと、よく会うねなひと、たくさんの友達と会えてとても楽しかった。ライブが始まり、まずはデザート、最初から素敵な音に酔いしれる。そしてミスコーナー。久しぶりというのもあり、水を得た魚のような感覚、観てて気持ちのいいライブでした。ディスチャーミングマンも久しぶりで、バンド編成が変わってからははじめて観れた。その後クリプトシティのときは会場内がぎゅうぎゅうで音しか聴けなかったので、翌日旭川でガッツリ観ようと思いつつ聴覚だけでも夢中になれた。そして最後がメルトバナナ。旭川で観れた以来の5年ぶり。神々しさとあの空気感にひたすらやられる。ライブを観ながら気が付けば涙が出ていたのは初めてだったかもしれない。それくらい最高のライブだった。今思い返してもうっとりしてしまう存在。大好きです。ライブが終わり、打ち上げへ。ジンギスカンを囲んでの談笑。打ち上げが終わり、ジョルジュ達とまた東京での再会を誓う。今回ものぐさんの家にお世話になりました。いつもありがとう。諸々と計画も話し合えたし、モチベーション高まるばかりの実りある1日でした。また近いうちに行きます札幌。


  • 4/11-13 地下鉄でのぐさんとバイバイして、旭川ゆきのバスに乗る。同じ時刻発に乗り合わせた脇田とちゃいこと奇跡の遭遇を果たした。一度帰宅して夜はカジノへ。クリプトシティはたまらなく踊れて、揺るぎのない魅力を感じるカッコイイライブ。ライブ後は脇田やちゃいこにまた会う日まで元気で、と再会を誓い帰宅。この日は釧路のつっかが家に泊まる。色々と話をしながら絵を描いていたら、つっかの描く絵が面白すぎて楽しいことになっていた。この時つっかは旭川移住の計画を進めていたときで、お部屋と職探しなどを手伝うため、つっかは二泊。お部屋見学の合間にランチをとったり、アナザーかずきの職場に突撃したり、カラオケで散々遊んだあと、モスキートに寄る。大西さんは物件情報詳しいのでタメになりました。時同じくTGは東京遠征から帰ってきたばかりだったので土産話を聞く。かなり最高の夜だったようだ。小岩と西荻でTGを経由してナツによろしくお伝えくださった方々がいたとのこともバッチリ伝わりました。ありがとうございます。私が東京行く時はまたお話出来たらいいなと。その時はよろしくお願いしますね。モスキートに寄った後、大西さんとつっかと共にゆきちゃん寿司でラーメンを食べに行く。お寿司屋さんだけどラーメン。美味しかった。大西さんが勧める「わさび巻」を食べた…そして大変な刺激を受けた…まさか怒涛の連休をワサビの刺激に咽せながら〆るとは思いもしなかった…。わさび巻に泣き悶えていたら板前さんもニヤニヤと喜んでたのでとてもオススメします。その後はつっかと共に帰宅し就寝。翌日はつっかが職場まで送ってくれてバイバイして仕事へ。写真はつっかから貰った誕生日プレゼントと、昼食で行ったラマイのスープカレーと、ゆきちゃん寿司のラーメン。そして、わさび巻。


  • 4/15-17 15日仕事終わり、モスキートへ集合がかかる。モスキートのプロジェクターで5月3日のベネフィットライブに向けたサンのライブ映像上映会。ネクストスタイルの復活ライブの映像も観た。その後本人には内緒で計画した添田の誕生会。サプライズは大成功。添田19歳おめでとう。最高の花金だった。17日は、つっかが面接を控えて再び旭川に来たので、大好きな喫茶店レーベンへ連れて行く。また行こう。その後つっかは職も決まり、移住計画は順調に進んでいきました。


  • 4/23-4/24 23日はラマイで晩ご飯を食べに行ったあと古本市へ行き、図録を4冊買う。モディリアーニ、ミレー、グッゲンハイム美術館、エコールドパリ展の4冊。これで合計1600円という破格。買った図録のひとつに開催日時が1988年8月という23年前の美術館の展覧会の半券とチラシが挟まっていて感動を覚える。24日はまたまたつっかが旭川に来たので、短スパンでの再会。これが今後は普通になるのだね。旭川移住準備諸々の真っ直中で釧路-旭川間を行き来してるが、今に始まった話じゃないが毎回片道7時間かけて旭川来てるのだと考えたら今更凄い。職も決まり残すはお部屋探しのお手伝い。と言っても、私はつっかの助手席でただポヤンと佇んでるだけです。市内在住なぶん土地勘はあるからその辺だけ多少はお役に立ててるとは思うが、右も左も判らない私がきちんとナビ出来てるのと、私なぞが普通に役に立ってるあたりも凄い。お部屋探しをただ見守り、不動産屋さんに行き、私まで名刺を貰い、担当の人とやけに雑談し、お部屋見学周りをして、いずれ自分が新生活する時のための知識とコネクションをちゃっかり吸収。色々タメになってるしお部屋探しは面白い。見学している途中であがった虹を見晴らして、彼女の部屋は無事決まりました。


  • 4/29-30 ゴールデンウィークのはじまり。前日に美容院に行き8連休の準備は万全に。29日の夜は、カジノのフィルムセッションへ。コマイのじゅんちゃんのDJで楽しく踊った。そしてお酒を久しぶりにたくさん飲んだ。この日からつっかは旭川移住開始。初日にも関わらず、つっかの新居に泊まることに。ようこそ、旭川。翌日30日の日中はつっかの買い出しに付き添い、四条庵で蕎麦をすすり、一度帰宅してぼんやりとしたあと。夜はじゃず蕎麦放哉でPWRFLPowerのライブを観に行く。野村さんとは1年以上ぶりで、久々の再会嬉しかった。放哉ははじめて行った。前々から行きたいと思ってたのだけどようやく。野村さんの帰国の際、パワフルパワーのライブの日に行けたのは良い機会だった。というのもじゃず蕎麦放哉は野村さんのご両親がやってる蕎麦屋さん。今度はお蕎麦食べに行きます。放哉へ入ると、お客さんの多くが年齢層高めな感じ。私の友達が野村さんしかいない、という久々に味わうアウェー感、緊張。しかし野村さんの親族や同級生たちもいらしていたりと、アットホームな雰囲気。ライブは第一部にPWRFL POWERがやって、第二部に旭川のジャズバンドが演奏して、その後野村さんもスペシャルゲストで参加して全員でセッション。野村さんの弾くギターは、まるで糸が布を紡ぐように丁寧で巧妙な生命があって、とても素敵だった。第二部のジャズバンドのジャズドラマーは野村さんの同級生だったみたいだ、当方ジャズは普段聴かなければ詳しくもなく、多分スタンダードな曲を演奏してたのだと思うけど私はどこかで聴いたことがあるかなという感じではありながら、そこはかとなく心地よく。何より旭川でジャズを演奏したり、聴いている人達を間近で見て、自分が今まで知らなかった音楽の土壌を知り、ひとつのエッセンスを得た。終演後、野村さんと少しお話したあと、家に帰った。ありがとうございました!家に帰るといかんともしがたい睡魔と目が合い、惰眠を貪る。目が覚めたとき、私が好きなパワパワさんの曲のひとつ、alma songのギターが頭の中を駆け巡り、仄かな余韻に幸せを感じた昼下がり。私の連休はこれからはじまったばかりだ。