エマージェントリーデイリーライフ

 初雪が降った。
 刻々と秋は深まり、季節は徐々に移ろいでった。冬がもうすぐそこに在ることを兆すように雨が降り、風はピンと張り詰める。雨がやがて雪へ変わってしまえば、そこで短い秋が終わり、長い冬がはじまる。さよなら、こんにちは。寒がりだけど、嫌いじゃない。
 忘れやしない昨年10月の私は入院していた。あの空白のような暗黒のような10月から1年が経過。あのときの記憶は脳裏に焼き付いている。随分前のことのようにも感じるが、つい最近のこととも思えてくるから、時間知覚はフシギだ。とは言え、時間を取り戻すつもりも更々なければ取り戻すことも出来ない。それはそれでよかったのだと腑に落ちている。しかし、昨年は外へ出たくても出れなかった事によって、秋そのものを然程感じないまま、一気に冬へと飛び越えてしまった。だからでしょうか、妙なもので今年はなんだか久しぶりに秋の深まりを知った。今年はなんとか体調を崩すことはなく、生きています。
 雪が降る前の休日に、森林をふらりと散策しに行った。昔からの癖のようなものとして、時々何をするでもなく、誰もいない河川敷や森林にふと佇んでいたくなる。それは、一人になって考えに集中したい時とか、少し煮詰まった時とか、何かしらの因果関係はあるのかもしれないが、単純にちょっとした私なりの発散方法で、それ以上も以下もない。道のない道を無心で歩いてくと、誰もいない静けさに樹々が騒いでいた。森林の日暮れは早く訪れる。そろそろ引き返そうとした瞬間、光の速さであたり全体が闇に包まれる。それなりに暗闇は慣れているはずなのに、湿り気を含んだキモチがざわつく。勝手に一人で来といて、勝手に寂しさを感じる。しかし歩道も電灯も少ないものの、大型公園の敷地内ではあるので遭難も苦労もせずに出口へ向かい、都市開発のにおいがする街の風景を見晴らし、家へ帰った。
 高架線下とか橋の下にいるのがとても好きなんです。これに関しては、ただのフェチとも言えます。頭上で轟々と乗り物が走り通ってく感じが、堪らなく落ち着く、一種のチルアウト。先日、高架事業もいよいよ開始されたばかりの新しい駅舎へと、ようやく足を運んだ。これまでの駅舎より遥かに近代的な駅になってて驚いた。今のところは、根本的な懐古だとか感傷とかは然程ない。大きな出来事はなくとも、諸行無常、風景は日々変わってくもの。でも、これからまたいつか、遠方の友達がこの街に再び訪れたときは、久しぶりの町並みも随分違って見えるのかな。そこであなたは何を思うのだろう。あたらしい街。変わっていくもの、変わらないもの。
 またある時は、モスキートのプロジェクターを使って桃鉄会。予定の入ってない土曜のライブハウスの、贅沢且つゆるい楽しみ方。正にこれこそ自由空間というもの。そして昨晩は、モスキでの恒例の無礼講パーティ。シュガーレスプレゼント第四夜にてDJで参加させて頂きました。遊びに来てくれた方々、ご一緒したDJとバンドの皆様、お疲れさまでした。主宰添田とモスキート、いつもお誘い頂きありがとう。今回もまたひどく破天荒で楽しかった。この日からDJブースにストロボが導入され、いい感じにポケモン現象寸前。お酒を飲みながら皆でぐるぐる踊り狂い、面白かった。また会いましょう。
 仕事と仕事と休日の狭間で、秋を楽しみながら着々と冬支度をしている。衣替えはした、部屋を模様替えもした、本を読んでいる、色々と考えてみる、髪を伸ばしてる。穏やかだけど、それでもいいの。その中で、外へ出ることはとても大事、多大なるリフレッシュ。だからほら、旅へ出たくなってくる。
 最近、やることが多いというよりは、やりたい事が山積みだ。ツイッターなり、ミクシイなり、フェイスブックなり、このブログなり、その他にもいくつもの発信の手段がある昨今だからこそ、切磋琢磨してうまく活かしていけたらいい。交信する場があちらこちらにあるのは、どちらかといえば近代的な長所と私は捉える。いってみよう、やってみよう
 それはとても有意義でもあり、夜長さえも儚いものと思えてくる。