忘れな桜

 ひょっとすると、おかしな夢の断片だったのかもしれない。その人は、友人というにはあまりにも知らなさすぎて恐れ多く、顔見知りというには知りすぎてあまりにも他人行儀。知人、それ以上でもそれ以下でもない。もし、ふと道ばたでばったりすれ違えば、たわいない世間話のひとつは交わすはず。その人はいつもたくさんの人に囲まれていたから、走馬灯がよぎるとき、そこには私の姿はないだろう。きっと。関わりのないところで、関わっていた。その人が持つ底抜けの明るさが、いつも眩しかった。私はただいつも、カーテンの中で身をひっそり包みこんで隠れてるみたいに、こっそりと佇みながら、その明るさを尊敬していた。ついこないだ風邪をひいた時、ふと、いつか貰った栄養ドリンクのことを思い出したばかりだった。風の伝がたまたま届いただけだから、なおさら実感なんて沸かないし、泣けるような哀しみに酔うわけでもない。しょっちゅう会っていたわけでもないから、今もこの街のどこかで、笑ってるような気がするし、そのうちまた、どこかでふと遭遇するのかもしれない。ふざけ過ぎた何かの冗談なんじゃないかと思う。まだ、知らないことがあり過ぎるのに、こんなことだけ信じられるわけがない。さよならを言うのは早すぎて遅すぎた。深く聞けなかった理由。それを詮索する権利は、私には無いと思う、知ったところで、どうにもならない…。ただ、これから先、私は風邪をひく度に、このことを思い出すのだろう。残されたことと背負うものたちは、寂しさという宿命を心の内側に秘め、それぞれに訪れる未来でかき消してく。そっと、おやすみなさい。これはきっと、おかしな夢だから。